きょうの一歩 【難病を抱える息子きょうちゃんとの日常】

難病を抱えて生まれてきた息子、きょうちゃんとのちょっと変わった家族の日常とこれまでの歩み

ブログタイトル

発達検査の内容と結果。発達の遅れに対するこれまでの思いとこれからの思い。

 

発達検査の内容と結果。それを受けて振り返る、発達の遅れに対するこれまでの思いとこれからの思い。

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7月17日に臨床心理科できょうちゃんが受けた発達検査について、今回やったことや言われたことを忘れないように記録します。忘れちゃったら次と比較できないからね。

そして、それを受けて振り返ったことと、今考えていることを書きました。自分の気持ちを文章に書き起こすのは得意ではないのですが、今の気持ちを忘れないように綴ります。

なぜ発達検査を受けたかというと…

循環器内科の主治医から受けるように指示されたので受けました。この病院でフォンタン手術をする予定の子どもはみんな検査を受けることになっているようです。

フォンタン手術を受けることができるポイントの一つに「ふくらはぎの筋肉の発達」があるからかな。受診の度に毎回運動面の発達の確認をされているし、裏付けというかフォンタン手術をしても大丈夫だよ!という根拠が欲しいのかなと思いました。次の受診のときにこの辺りもう一度確認してみよう。

 

どんな検査だったの?

検査の流れ

①問診表に記入

②机に向かわせて遊びの様子を見る

臨床心理士による聞き取り

④検査結果のお話

①~④まで、2時間程度の時間を要しました。

具体的な内容を思い出しながら書いていきますね。つい最近のことなのに既に記憶があやふやだわ…

 

①問診表に記入

母子手帳や〇歳児検診で書く書類のような項目がずらっと並んだ問診表に「はい」か「いいえ」で答えていきました。記述式の欄もありました。

「耳の聞こえに心配はありますか。」とか「欲しいものを指さしで教えてくれますか。」とか、よくある感じの項目でした。

 

②机に向かわせて遊びの様子を見る

きょうちゃんの遊ぶ様子を見て発達の程度を判断するのでしょう。

机に向かって椅子に座らせ、色々な種類の遊びを通して何がどのくらい出来て何が出来ないのかを見ている様子でした。

積み木を積む

→2個積み上げた。(下を押さえてあげれば3つ4つは積めるけど)

型はめ

→〇は出来た。

 

色鉛筆で紙に線を描く

→出来なかった。(家でもクレヨンで遊ばせてみることはあるのですが、どうやらまだクレヨンや色鉛筆などには興味が持てない様子。)

棒を穴に入れる

→出来なかった。(先端が意識できていないようで、棒を握った手を穴に押し付けていた)

瓶に鈴をつまんで入れる

→出来た。

紐がついた輪っかを紐を引いて手繰り寄せる

出来た。

ベルを持って鳴らす

→持ち方がいびつなものの出来た。

 

などなど、他にもありました。きょうちゃんはテンポ良く色々な遊びを提示されて興味深そうにしていたし、何かやると周りのみんな(父、母、臨床心理士にめちゃくちゃ褒められるのでやる気になって取り組んでいました。しかし机に向かって集中して何かに取り組むのはまだまだ難しいようで、15分くらいで飽きてしまいました。

 

臨床心理士による聞き取り

きょうちゃんが椅子に座って遊んでいられなくなったのもあるのか、ここが一番時間を要しました。

②の部屋とは違う部屋に移動し、私と夫で代わる代わる日常の様子をお話ししました。

その間きょうちゃんはお部屋のトランポリンや三輪車で遊ばせておりました。トランポリンの揺れが気に入ったようだ。

 

④検査結果のお話

①~③を総合して、運動面、指先の発達など知能面、言葉・コミュニケーション面の3つの項目(何という言い方をしていたか忘れましたー!ニュアンスはこんな感じで合っているはず。次回確認して違うところがあったら書き直します。)それぞれで大体〇歳程度というお話がありました。

 

ちなみに…

今回きょうちゃんが受けた検査の内容については、内容を公開することに対しての制約や決まりはなく、各々の判断に任せているとのことでしたが、これから検査を受ける方に配慮して詳しいおもちゃの形状や大きさなどの明記は避けました。(載せていましたが削除しました。ご指摘ありがとうございました。)

検査を担当してくださった臨床心理士の方に問い合わせたお話の中で、内容を知りあ、検査を受ける前に同じおもちゃを用意したり作ったりしてお子さんに練習させてしまうと、正確な結果が出なくなる恐れがあるというお話があったためです。

また、検査によっては詳しい問題や内容を記載することは避けて欲しいというものもあるようなので、発達検査についての内容をブログ等で公開しようと考えている方は、あらかじめどの程度公開してもよいのかを確認することをおすすめします。

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1歳7か月のきょうちゃんの発達

検査の結果と、それぞれの項目のきょうちゃんの発達の様子についてまとめてみます。

運動面(0歳11か月程度)

☆一人で座る、はいはい、つかまり立ち(片手でも立っていられる)、つかまりながらしゃがんだり立ったりできる、伝い歩き、支え歩きができる、ベッドから降りることができる(足から)、お腹より低い高さのところになら這い登ることができる。

★まだ一人で立っていたり歩いたりすることはできない。

 

指先の発達など知能面(1歳0か月程度)

☆小さなものをつまむことができる、絵本は10分以上続けて見ていることができる(絵本が好きなのです)、本のページを自分でめくることができる、ごくごく簡単な形なら理解し判別することができる、指示されたところに物を入れることができる(穴にボールを入れたりなど)、大きいシールなら貼ることができる。

★指さしができない(練習中!)、クレヨンで線を描くことができない、物の用途を理解して持つことが難しい。

一人で立つことが出来るようになれば、立ったまま両手を使って遊ぶことが出来るようになるため、もっと色々なことが出来るようになると言われました。

 

言葉・コミュニケーション面(0歳11か月程度)

知能面との境界があやふやです…次回要確認。

☆名前を呼ぶと振り向いたり手を挙げることができる、いくつか指示されたことができる、いくつかまねっこができる、母の手を掴んだり物を渡したりして、何かをさせようとする(絵本読んで、これを押さえていて、ピアノ弾いて、という思いでやることが多い)、人の目をよく見る、喃語をよく話す(慣れないところだとだんまり)、指をさした方へ注意を向けることができる(しないこともある)、後追いをする。

★意味のある言葉を話すことができない(抱っこを『あっ、う(お)』と言うことはできるが)、大人が見ている視線の先に注意を向けることはできない、大人の気を引こうと大きな音を出したり呼んだりすることはしない、手が届かないところにあるものを欲しがったりはしない

 

【する動作、指示すると行う動作】

いただきます、ごちそうさま、お辞儀、ばいばい、はーい(片手挙げ)、首を振る、手を叩く(拍手)、なでなで、とんとん、口に手を当てて「あわわわわ…」、ちゅー(舐めると理解しているが)、どうぞ、ちょうだい、おいで、おちゃん(座って)、お片付けして…などなど

これは難聴の影響もあるのでしょう、未だ意味のある言葉を話すことができないというところが大きいのか11か月程度という結果に。理解している言葉はたくさんある…と思うんだけどなあ。

 

まとめると…

1歳7か月のきょうちゃんは、大体1歳くらいの発達であるとのことでした。

大体これまでの入院期間を合計した分くらいの発達の遅れが出ているという結果に。

予想通りでした!笑

まあ、11か月程度というのには1歳にもなってないんかーい、と内心つっこみましたが。でもそんなもんだろうなと納得の結果でした。

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発達検査の結果を受けて振り返る、発達の遅れに対するこれまでの思いとこれからの思い

「生後1年間の脳の発達はものすごい。」という”呪い”に縛られていたこれまで

私はきょうちゃんを妊娠中、ある幼児教育本を買いました。幼児教育界では有名なお方の本で、

「頭のいい子は歩くまでに決まる」「生まれたその日から約1年のあいだに、毎日毎日、猛烈ないきおいで発達をつづけているのです。」「生後1年間の脳の発達はものすごい。」

そう力強く書かれている文章を読み、この教育法を取り入れて子どもの力をぐんと伸ばしてやろうと意気込んでいました。

 

しかし、蓋を開けてみるとどうでしょう。思い描いていた子育てとは全く違う生活が待っていました。きょうちゃんはたくさんの病気を抱えて生まれ、一時は明日の命すら危うい状況でした。

生きてさえいてくれればいい。一緒に生きていきたい。そう願う毎日で、教育だなんて言っていられる場合ではありませんでした。

 

結果的に、多くの方々の尽力で命を繋ぐことができました。

そして容体が安定し、これからも一緒に生きていくことができるのだと感じた頃から、私の中の欲が膨らんでいきました。

「健常の子どもたちと同じように育って欲しい」「発達の遅れを取り戻したい」という欲です。生きていてさえくれれば、と願っていた私はどこへやら。

 

きょうちゃんは心臓に負担をかけないように、生まれてから生後4か月頃まで鎮静剤が投与されていました。医師は「うとうとする薬」だと話しました。きょうちゃんの脳は常にうとうと状態であったことに加え、刺激が少ないPICUや病棟での生活(ある意味刺激は多いけど)です。口から母乳やミルクを飲むことも出来ず、両親に会うことのできる時間は限られていて…発達には当然遅れが見られました。

ようやく退院することができた生後6ヶ月頃でも、寝返りやうつ伏せは出来ませんでした。 

 

退院してからは遅れを取り戻そうと、毎日きょうちゃんが起きている時間はとにかく話しかけ、色々な遊びをし、テレビは膝の上に抱いて話しかけながら観せました。

やっと家で過ごすことが出来て嬉しいから、入院していた分楽しいことをたくさん経験させてやりたいから、という気持ちもありましたが、頑張って遅れた分を取り戻さなければという思いが心の中を多くを占めていました。

私のエネルギーの全てをきょうちゃんに注いでいるといっても過言ではありませんでした。家事は夫がきょうちゃんを見ている間しかやりませんでした。

きょうちゃんを遊ばせておいて、その間に何かをするということが、とてつもなく悪いことをしているようでできなかったのです。

子どもの将来は小さい頃に決まるのだ…と本で読んだことが”呪い”のように頭から離れず、常にきょうちゃんの側で世話を焼いていないと落ち着かなくて、どこか気が休まらないような日々でした。

 

きょうちゃんを受け入れる、これから

その”呪い”が解けたのはいつだったか…

はっきりとしたきっかけがあったわけではありません。

きょうちゃんと一緒に暮らす中で、周りと比べてゆっくり成長しているきょうちゃんを「これがきょうちゃんなのだ」といつの間にか受け入れられるようになっていました。

諦めという気持ちではなく、「遅れててもいいか、きょうちゃんなりに成長しているよ」という受け入れの気持ちです。

きっと周りに追いつかなければと躍起になっていた頃は、まだきょうちゃんの病気や障害を受け入れたようで、受け入れることはできていなかったんだと思います。

一緒に日々を過ごす中で、遅れを取り戻すということよりも、「何か楽しいと思えるもの、何か自信を持てるものを見つけてやりたい。」という思いに変わっていきました。

 

きょうちゃんは遅れていても構わない、だから勉強や出来ないことはそのままでいい、と開き直ったわけではありません。

将来のために必要な力や知識を身に着けられるようにしたいという思いはあるし、これからも発達によいと思ったことは取り入れながら、色々な遊びを通して成長を促していきたいという思いはあります。

まだ、健常の子に追いついて欲しいと願う気持ちもあります。

でも、きょうちゃんが起きている間はとにかく話しかけて遊んでべったりついて…という強迫観念からは脱却できたかなと思います。最近やっときょうちゃんが起きていてもタイミングを見て、スマホをいじったり料理をしたりできるようになりました!

心の余裕が前よりも増えたなと感じます。

 

私がやらなければならないことは、病気や難聴などのハンデを抱えるきょうちゃんの自尊心や自己肯定感を育て、得意分野を見つけて伸ばし、社会で生きていく力を将来的に身に着けさせること(まあこれも後々考え直す必要があるかもしれないけれど)だから、今遅れがどうだと必要以上に焦る必要はないなと考えられるようになりました。

私が周りと必要以上に比べていたら、きょうちゃんにいい影響は与えないし、自尊心や自己肯定感はなかなかもてないと思うのです。一番身近にいる家族がきょうちゃんのことを認めてあげないとね。

焦ったっていいことないし、なにも変わらないのだ。と自分に言い聞かせる…言い聞かせつつも焦りの気持ちが湧いてくるのはなかなか止められないんだけども…うぐぐ…

きょうちゃんのペースで慌てずに、少しずつ、一緒に成長していけたらいいなと思います。

 

と、そういうスタンスでいたので、夫婦共に検査結果に落ち込むことはなく、むしろよくここまで成長してくれたよなあと感心したのでした。

 

終わりに

な〜んて書きましたが気分によっての上下はあるもので、やっぱり遅れが…と思うことは多々あるし、就園や就学などの節目節目で周りと比較して落ち込むのはわかっているのですが、そんなときはこの記事を自分への戒めとして読み返したいなと思います。

焦らない焦らない。きょうちゃんのペースでね。

 

次の発達検査は心臓の手術を終えて、少し落ち着いてからの3月。

手術を挟むのでゆっくりペースにはなると思いますが、次の検査までにどんな成長を遂げているのかを楽しみに、一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。

 

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